2012年04月01日

善き愛好家に与する宣告と選別の御旗

誰が認(したた)めたのか、「偏(ひとえ)に、人生は長大な暇潰しである」の言に違(たが)わず、儚く虚しい途にあっても、意志と諦観と細(ささ)やかな楽しみで、景色は旭日の様に俄然輝き出します。

今も昔も波上の帆船は優雅に映えますが、紺碧の風に吹かれ絶世の処女として馳せる日本丸の甲板で、痴れ者(しれもの)が焚き火を熾(おこ)し、三文芝居に呆(ほう)けて踊り狂っています。

昨今では優劣はおろか愚昧(ぐまい)と賢明への二極化が甚だ盛んです。理念や道理の真価を理解できずに堕ちぶれ、腐臭が蔓延する畜生の世に恋焦がれる一味になれば、何(いず)れにしても救いはありません。

数年に亘(わた)って公然と大小様々な痴態が噴出していますが、突き詰めれば事の本質は単純な構図へと集約されます。全方位的な劣悪化が漂う時節に、無視絶縁の一本槍では上策たり得ません。

本ブログの主題はゲーム関連であり、足元の題材から斬り込む事は必定です。業界当事者すら加担する際限無き信用毀損(きそん)の渦中に在って、過去記事の数々は色褪せ、重く圧し掛かります。

冷たい怒りは沈黙を包み、導く裁決に酌量はありません。個別の分野に限らず社会規範を嘲(あざけ)る輩(やから)には輩自身を踏み絵として突き付け、深淵の元へと下船して頂かなくてはなりません。

淘汰のためには清濁併せて、書き連ねる必要があります。予断の功罪と事後の首尾は何人も御すること叶わず、時流によっては吉凶翻る事になりますが、大事を先に失ったと思えば未然の今は明快です。

善き愛好の源泉は日向にあり、翳(かげ)ることはありません。木漏れ日は各様ながら向きは同じく、折々の地表に降り注ぎます。

善悪の彼岸にあってもゲーマーの本質は戦術家であり、言葉さざめかずとも急所へ集います。風雅から国勢までの遠望を後ろにして、頭上はためく帆には一条の光が揺れています。

縞を為す旗印は錦にしてこの上なく、目映さを保ちます。時折瞬く、有志一同の銘により。



posted by 台場一 at 18:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム全般と私見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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